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スポレートに行ってみようと思ったきっかけは、「朝日旅の百科 イタリア1」という本にあったドゥオーモの写真であった。イタリアの旅行ガイドさえ少なかった当時、フランス・ラルース社の本を翻訳したこのシリーズは、イタリアの中小都市に関する貴重な情報源であった。 そこで見たドゥオーモは、フィレンツェやミラノのドゥオーモにくらべればずいぶん野暮ったく感じられたが、なんともいえない魅力と存在感があったのだ。 そんなわけで、1985年の晩秋、2か月にわたる旅の最後に、スポレートを訪れてみようと思い立ったわけである。 |
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| 撮影はすべて1985年11月 |
![]() ゆるやかな階段を降りると、目の前にドゥオーモが迫る。 |
ドゥオーモ広場を、黒ずくめに白髪が鮮やかなおばさまが横切っていった。
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スポレートの起源は、紀元前8世紀にこの地に住んでいたウンブリ人にまでさかのぼることができるとのことで、ウンブリア州でももっとも古い町という。 その後はエトルリアやローマの支配下に入ったり、“蛮族”侵入後はロンゴバルド公国の首都になったり、フランク族に支配されたり、教皇領になったりといった変遷を経てきた。 そして、イタリア統一運動では教皇側についていたために、統一後の州都をペルージャにさらわれてしまったのだそうだ。 もっとも、州都にならなかったおかげで、スポレートには古いものがそのまま残ったのだろう。旧市街は、ペルージャやアッシージよりも、はるかに古さを感じさせてくれた。 そして、町外れの城砦と対岸のモンテルーコの丘を結ぶ「塔の橋」(Ponte delle torri=ポンテ・デッレ・トッリ)も見事。高さ76メートル、全長230メートルの石橋で、12~13世紀ごろに建設され、14世紀に現在の形に改築されたという。 さほど大きくない町だが、古い町好きには見どころ満載である。 |
| 旧市街の小さな広場。 |
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だが、実はスポレートという名前を聞いて、私がすぐに思い出すのは、新市街にある、なんの変哲もないメシ屋の光景なのだ。 町に着いたのはちょうど昼時、見るからに安そうなメシ屋は学校帰りの学生で込み合っていた。よく見ると、不思議なことに、その店では誰もがスパゲッティしか食べていないのである。 そして、30人ほどの客を扱うのは女性一人。ちょっと太めで、戦後のイタリア映画によく登場した女優アンナ・マニャーニにそっくりだった。 彼女は、注文を受けると、店に響きわたるような声で調理場に伝える。それが、スパゲッティ2皿のときは「ドゥーエ スパゲッティ!」--これはいい。問題は、1皿のときである。彼女は、張りのある声で「ウン スパゲット!」と叫ぶのだ。 私はそのとき、その4年前に、フィレンツェの語学学校で、うら若き女の先生に発した質問を思い出していた。 |
![]() 「塔の橋」はとってもスリリング。下を見ると吸い込まれそうになる。トップの写真に、この橋を横から見た姿が写っている。 |
薄暗い色の石が使われた建物が、町全体に深い陰影を与えている。
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「スパゲッティという単語は"i"で終わるから複数形みたいだけど、もしかしてスパゲッティの麺1本は単数形でスパゲットというんですか?」 すると、先生はきっぱりと、「ノ! そんな言い方はしません!」とおっしゃった。 「1本でもスパゲッティ?」と、しつこい私。「そうです」と先生。 しかし、この安メシ屋では堂々と「スパゲット!」と大声で叫んでいるではないか。しかも、1本ではなく、1皿を指しているのである……。 だが、その問題を追求するには、私は腹が減りすぎていた。 「ふーん、まあいろいろあるんだな」と深く考えることもなく、出てきた"スパゲット"にフォークをからめたのである。 それは、安メシ屋のものだけあって、ちっともアルデンテでなく、日本人になじみの深い、柔らかい“スパゲティ”であった。 |
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●所在地 ウンブリア州ペルージャ県 ●公共交通 ・ローマ・テルミニ駅からアンコーナ方面行きに乗り、約1時間半。 ・ ペルージャからは、フォリーニョまで約40分。オルテ・ローマ方面行きに乗り換えて約15分。直通列車もあり。 ●見どころ ・ロマネスク様式のドゥオーモと、ドゥオーモ広場に至るゆるやかな階段。 ・ウンブリアでも古さを誇る旧市街。 ・「塔の橋」。 ・町の南にあり、正面の浮き彫りが美しい聖ピエトロ教会。 ●老婆心ながら 鉄道の駅は新市街にある。新市街から旧市街へは約1キロ。 |
旧市街の南側から眺めた風景。 |
| 2005年4月作成 | |
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