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居酒屋に入ってきたのは、10人ほどのイタリア人の団体であった。年は40代後半から50代前半といったところだろうか。女性も2、3人交じっていた。 何よりも驚いたのは、どの人もこの店に似つかわしくない、きちんとした身なりをしていたことである。しかも、みなインテリっぽい風貌である。それでいて、間違えてこの店に入ったきたわけでないらしい。謎は深まるばかりであった。 彼らは、私のいるテーブルの2つ奥に席をとった。すると、どこからともなく店の主人らしい男の人が現れ、これまたどこからともなく軽食が運ばれてきたのである。 すでに750ccのワインを飲んでいた私は、何事が起こったのか把握できないまま、ぼんやりとその光景を眺めていた。
彼らの歓談の様子は、イタリア人らしくにぎやかで楽しそうではあったが、どことなく抑制がきいていて上品である。
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| いつのまにかテーブルにはカバーがかけられ、店主らしき男性がアコーディオンをひきはじめた。 撮影 : 1996/07 Frascati
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と、よほど物欲しそうな顔で見つめていたに違いない。ついにお呼びがかかった。 もともと遠慮というものを知らない駄菓子青年である。手招きされるままに、そそくさと席を立っていった。ローマに帰るには、9時58分のローマ・オスティエンセ行きの最終電車にさえ間に合えば大丈夫だとすでに調べてある。
手招きしてくれた紳士は、ナポリの弁護士だった。なんと、彼の家はナポリのメルジェッリーナ地区の丘の上にあり、私が両親といっしょに1週間前に泊まったホテルのすぐそばだということがわかった。
そして、彼らは帰っていった。私は、まるで店の人間のように、あいさつをしたり握手をしたりして階段まで送っていったのである。
店を出たのは9時半。飲み食いした総量にくらべれば、支払った金はほんのわずかなものだった。私は、いい気分になって、ふらふらと駅への坂を下りていった。
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イタリアの南部から中部にかけて、このような丘上都市(山岳都市)が点在している。フラスカーティも、このような町の一つである。 撮影 : 1996/06 Castiglione in Taverina |
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小さな終着駅から4両編成の電車に乗ったのは、数人の客だけだった。駅員はいないので、切符は車掌から買うことになっているらしい。
そのうちに、途中の駅で客が1人降り、2人降りして、この電車に乗っている客は私だけになったようである。しかも幸いなことに、線路の周囲は一面の草原らしい。
ところで、電車の切符であるが、とうとう車掌はまわってこなかったので、めでたくローマまでただ乗りができたのである。吐き気も収まって、これはまさに二重の喜びであった。
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