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博多駅前をゆく507号車。渋い塗りわけが魅力。 | |
西日本鉄道(西鉄)福岡市内線は、最盛期には30キロを越える路線網をもつ路面電車であった。ここを訪れたのは1973年7月。すでに一部の廃止がはじまっていたころである。 この日の気温は36度を越え、日なたはさらに暑かった。そんななかで、かろうじて残したのがこれらの写真である。 撮影:1973年7月 |
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| 博多駅近くをゆく500形572号車。 バックに写っている太陽銀行は、太陽神戸銀行になり、太陽神戸三井銀行になり、さくら銀行になり、三井住友銀行になったのだろうか。 |
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西新の交差点で信号を待つ605号車。30年後にここをたずねてみると、すっかり様子が変わってしまっていた。 |
| 西新のすぐそば、今川橋停留場に到着した連接車1104号車の姪浜行き。 福岡市内線廃止のあと、連接車は大量に北九州市内線に移動することになる。 バックの町並みがいい感じ。 |
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同じく、今川橋に停車中の571号車博多行き。 側面には、「ビクター4チャンネルステレオ」の広告が。 |
それにしても暑かったこの日、高校生の私にとって印象に残った女性二人を見た。 一人は、市電のなかで胸をはだけて、赤ちゃんにおっぱいをあげている女性。以前には、東京でもよく見かけたが、久しぶりに目にしたのである。だが、こんな古きよき情景(?)も、いまはまったく見ることができなくなったのは残念である。 もう一人は、駅構内の食堂で食事をとっていたときに見かけた「おかま」の女性(?)。いまでこそ珍しくないが、当時はびっくりしたものである。女性の格好をして(でも、ちょっと大づくり)いながら、ダミ声というアンバランスが不思議であった。「さすが博多だ」と思ったものである。連れは50代後半とおぼしき男性2人であった。それにしても、なぜ駅構内の食堂で……? そんな思い出の福岡市内線も、徐々に廃止が進み、1979年にはとうとう全線が廃止となったのである。 |
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