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六本木通りから日赤医療センターに向かう日赤通りには、小さな個人商店が軒を連ねていた。 この写真にたまたま住所の表示板が写り込んでいたので、場所を特定することができた。 この店は、服の寸法直しやかけはぎなどの修理をしていたようだ。 1984.8(2007.12)
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| 西麻布4丁目と広尾4丁目の間の道を歩いていくと、港区立高陵中学校の前を通るが、その近くにこんな階段があった。 階段の向こうに、うっそうと木が繁っていたのが印象的だった。 1984.8(2007.12) |
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-情報求む- 前後の写真からみて、おそらく日赤病院下~愛育病院~仙台坂上の間にあった邸宅と思われる。 表札には「内田」と記されているが、現在では高級マンションに姿を変えているに違いない 。 *この写真には、現在との比較はありません。 1984.8 |
| 仙台坂上の交差点を望む。ほんの20年ほど前までは、ごく普通の家々が建ち並ぶ静かな町並みだった。 新しい写真で、正面の家が後退して見えるのは、道路を拡幅したためだろう。そして、左手奥には元麻布ヒルズが見える。 この近くには、韓国大使館をはじめとして多くの大使館があるためか、警察や警備員の数が多く、どうも落ち着かない。 1984.8(2007.12) |
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仙台坂上から南側の坂下方向を見たところ。突き当たりの家があったところは更地となっており、ここもマンションかビルの工事が行われているようだ。 三河屋酒店のサントリーウィイスキーの看板が、オールドからリザーブに変わっていたのが興味深い。 1984.8(2007.12) |
| 2007年12月作成 |
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