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山手線田町駅の海側、旧海岸通りの八千代橋(港区芝浦)から東京湾方面(南東方向)を見たところ。 落語の「芝浜」で、主人公が紙入れを拾ったのはこのあたりか。 当時、モノレールの路線は、ずっと海の上を走っていたように感じられたが、いまではかなりの部分が陸地になってしまった。 1975.12(2004.8)
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| 京浜運河にかかる港南大橋(港区)から、北東方向を望む。30年で風景は一変している。 実は、この写真をどこで撮ったのか記憶がなく、地図とにらめっこしながら歩きまわり、やっと場所がわかった。 中央奥には、晴海にある国際展示場の建物がかすかに見える。 1975.12(2004.8)
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一方、こちらはあまり変わっていない風景の代表格。神田川が隅田川に合流する手前、浅草橋(台東区)から東方向を望んだところである。 奥に見える橋は柳橋。花街で有名な場所である。 1984.9(2004.8)
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| 同じく、神田川にかかる浅草橋から、西方向を見たところ。 井の頭池(三鷹市)を源とする神田川は、もともとは日比谷から東京湾に注ぐ自然河川だったが、太田道灌が隅田川に注ぐように改修(現在、水道橋から分かれる日本橋川の流れ)。 さらに江戸時代になると、飯田橋以東は外堀としての機能を持たされ、お茶の水、神田付近を通って柳橋に至る現在の流路が掘削された。 1984.9(2004.8)
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業平橋付近で、大横川は北十間川と合流し、この写真の奥で隅田川に合流する。東武線の業平橋駅西側にある小梅橋から西方向を望んだところ。 東武線の業平橋・浅草間はこの運河と並行して走っている。左側の建物は、東京都下水道局のポンプ所。 2004年に訪れると、この運河は屋形船のたまり場となっていた。 1976.8(2004.8)
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