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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 

   台東区(旧・下谷区)の北西端に位置する谷中(やなか)は、上野の山の北側に広がる台地の上にある。この地域にしては幸運にも、大半が空襲の火災から免れることができたため、つい最近まで関東大震災前後の建物があちこちに残っていた。
 谷中は「寺町」とも呼ばれるように、いたるところに寺や墓地があり、東側にある谷中墓地には、江戸幕府最後の将軍であった徳川慶喜をはじめ、著名人の墓があることで知られている。

 その独特の江戸情緒が最近になって人気を呼び、休日ともなるとあちこちから人が集まるようになった。古い建物や町並みも大切にされているが、それでもここ20年ほどで様変わりした場所も少なくない。


*各写真にマウスポインタを置くと、それぞれの場所の2006年の姿を見ることができます。

谷中六丁目の野澤石材店  谷中には墓地が多いために、石材店もあちこちにみられる。これは、言問通りからちょっと入った谷中六丁目(旧・上三崎南町)にある野沢石材店。
 2006年春に訪ねてみると、手前右側の大行寺の八重桜が満開だった。

1982.1(2006.4)

 谷中六丁目(旧・茶屋町)にあった吉田屋本店。江戸時代から続く酒屋で、関東大震災でも焼け残った。
 ビルに建て替える際、この店舗はすぐ近くの言問通りの上野桜木交差点に移築され、下町風俗資料館付設展示場として現存している。
 この道を手前に戻ると上野桜木交差点、向こうに進んで道なりに左折すると三崎坂になる。
1983.12(2006.4)
移築前の吉田屋本店

言問通り、上野桜木交差点あたり  言問通りの上野桜木交差点近く。住所は上野桜木(旧・桜木町)になる。小さな商店は、みなビルかマンションになってしまった。
 2006年の写真で奥に見える大きな建物は、このあたりでは類を見ない大型マンション・ルネ上野桜木。

1979.12(2006.5)

 上の写真から、さらに言問通りを西進した谷中一丁目(旧・谷中坂町)付近。根津の谷をはさんで、前方にかすかに東大の本郷の建物が見える。


1979.12(2006.5)
言問通り

谷中のひそやかな通り  言問通りを少し入っただけで車の音が途絶え、いかにも谷中らしい、ひそやかな家並みが現れる。
 左右に寺がある家並みは昔のままだが、24年で中央の木がずいぶん成長した。
 谷中一丁目と四丁目の境界(旧・上三崎南町)。

1982.1(2006.4)


 


 



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