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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 

   湯島天神の付近には、かろうじて戦災をまぬかれた地域がある。天神下交差点の南西側にある本郷区湯島天神町(現・文京区湯島3丁目)の一部と、南東側にある下谷区西黒門町(現・台東区上野1丁目)の一部である。
 このあたりには、1980年代まで、木造の立派な民家や銅板葺きの看板建築の商店が建ち並び、目と鼻の先にある上野広小路とはまったく雰囲気を異にしていた。
 そんなこともあって、この界隈は、湯島天神に向かう階段の昇り降りを含めて、私の好きな散歩コースの1つであった。いまでも、わずかに古い家々が残っているが、その数はかなり少なくなってしまった。

*各画面にマウスポインタを置くと、それぞれの場所の2004年の姿を見ることができます(トップの写真を除く)。

駄菓子屋  天神下の駄菓子屋。日除けの上にある木の看板には、「指物師」と彫られている。実際に、以前は指物師の家だったそうだ。この建物の全景は、このページ最下段右の写真。
*これには、2004年の写真がありません(ただの空き地だったので……)。
1983.11



湯島天神女坂に向かう道。"おやど"玉杵はラブホテルになっていた。   1977.3

女坂に向かう道
路地


女坂の手前にある路地。2004年に行ってみると、路地は途中でふさがれていた。
1983.11

 豆腐屋の店先にて。2004年には、豆腐屋はなくなり、インド料理店とコーヒー豆挽き売り店ができていた。

1983.11
豆腐屋の店先

女坂入口  上の写真の向かい側。女坂へ通じる道の入口。

1983.11



1970年代、天神下界隈には、見事な木造家屋が並んでいた。突き当たりの家が右の写真。  1977.3 

木造家屋
木造3階建て


トップの写真の家の全景。『下町残照』(朝日新聞社)によれば、ここは震災前からの建物で、2階建てだったものを昭和6年に3階建てにしたそうだ。2004年現在は、空き地となっていた。
1983.11

 


 



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