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安下宿の同居人であるS氏は、フィレンツェの町なかで日本人と見るとだれかれ構わず声をかけていた。まだまだ、日本人が珍しかったころである。おかげで、イタリアに勉強に来ている変な日本人とずいぶん知り合いになった。 当時は中国人も韓国人も少なく、東アジア人は日本人である確率が高かった。 ところがである。そのS氏がはじめて声をかけた相手は、大はずれ。日本人どころか、中国人でも韓国人でもなかったのだ。
ジョンは、心優しく紳士的なやつであった。やはり、アジアの血をひく人間は、いっしょにいてもなんとなく心が通じるところがある……ような気がした。
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ドゥオーモ前を行き交う人びと。 撮影 : 1981/10 Firenze |
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ある日、S氏とジョンと3人で夕食をとったことがあった。食後にコーヒーでも飲もうということになって、フィレンツェの中心部にあるバールに入った。入口近くにテレビゲームが2、3台あるような、どうということのないバールである。 そこで、3人でとりとめのないことを、覚えたてのイタリア語で話し合った。 実は、S氏は某大学の英文科卒だったのだが、そのことを隠したがっていた。「英語なんかでけへんからなあ」というわけであったが、親切な私はそのことをジョンに教えてあげた。 「ダガシくん、困るやないか~。だまっといてくれな~」 S氏が嘆くヒマもなく、彼はジョンのわけのわからない早口英語にさらされて、立ち往生していたようであった。 「いやあ、やっぱり、いくらへたでも会話はイタリア語に限りますね。聞きやすいし、カタカナに置きかえて通じるし……」 などと、私が無責任なことを言っていたときである。店の入口が騒がしくなった。
そのとたんである。ジョンの顔が急にくもり、おしだまってしまったのだ。そのあまりの変化に私たちは驚いた。
ところで、このとき彼はアメリカ人の見分け方を教えてくれた。まず、中年でチェックのシャツを着ているのは、アメリカ人である可能性が高い。さらに、太って赤ら顔をしていたら、まず間違いない。半ズボンをはいていたら、これはもう100%確実。チェックのズボンをはいていたら、それは即アメリカ人である。
もっとも、安下宿のおばさんは、アメリカ人のほうが好きだったようだ。下宿住まいの初日から、いきなりこんな質問をされたほどだ。 |
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有名なミケランジェロ広場の奥のほうからのながめ。この日はいい天気で、なぜか油絵が並べてあった。 撮影 : 1981/10 Firenze |
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ところでその数年後、日本で外国人相手に日本語教師をしていたときのことである。中国人の学生にこんなことを聞かれた。
なるほど、言われてみると、我々はしょっちゅうあいづちを打ちながら会話をしているではないか。そうか、だから日本人は肩凝りが多いのかあ……などと勝手な推論をした私である。 | |
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