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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 

 牛込柳町のバス停あたりから、牛込柳町(市谷柳町)交差点を望む。牛込柳町交差点が、谷間になっていることがよくわかる。
 現在の写真で、右手奥に高層マンションが建ち並んでいるあたりが、大江戸線牛込柳町駅の上にあたる。

1987.2(2007.2)
牛込柳町交差点の望む

牛込柳町の交番近く  牛込柳町交差点手前で右に分かれる道。交番は昔のままの姿だが、付近の家々はマンションに様変わりした。
1987.2(2007.2)

 牛込柳町(市谷柳町)交差点から、外苑東通りの北方向を望む。左右方向が大久保通り。
 かつては、日本一空気が悪いと話題になったこの交差点も、排ガス規制や流入車両の規制などの効果があってか、いつしかその汚名を返上していた。

1987.2(2007.2)
牛込柳町交差点

牛込柳町交差点南側 牛込柳町交差点から、外苑東通りを100メートルほど南下。交差点方向を望む。道幅は変わらず、なんとなく昔の雰囲気を残している。
 だが、この付近では大久保通り、外苑東通りとも拡幅の計画が進行中。だからこそ、以前と変わらずに残っていたわけだ。数年もすると、まるで姿を変えてしまっていることだろう。
1984.11(2007.2)

 外苑東通りから、ちょっと入るとこうした民家が続いていたが、大江戸線の開通と前後してあっという間にビルやマンションに変わってしまった。
 昔は、どんな町に行っても正面左のような中華料理店があったものだ。

1984.11(2007.2)
柳町の中華料理店

原町三丁目の民家  大久保通りをさらに東進。原町三丁目にあった木造家屋もビルになった。
 このあたりの細い道を入ると、以前は昔ながらの家並みが続いていたものだった。
1987.2(2007.2)



 


 


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